実績のある指導者が陥りやすい穴。(選手育成のための参考文献)

山田 久志 談
元オリックス・ブルーウェーブ、中日ドラゴンズの投手コーチ・監督

実績のある指導者が陥りやすい穴。それは、できない者に対して、「なぜ、できないんだ」と安易に思ってしまうこと

 私は、指導者の能力には、二つのタイプがあると思っています。ひとつは過去に実績があって、自分にいろいろなひきだしを持っている人。このタイプは、選手がその人の意見に入りやすい、聞こうという意識を持ちやすいという利点があります。もうひとつは、実績がなくても一生懸命に研究や勉強を重ね、人間的な魅力によって選手達をひきつける指導者です。
 私自身のことを振り返ると、オリックス時代のコーチ一年目は失敗でした。というのも、私は二通りのうちの前者、実績があるタイプのほうです。だから選手も私のことを、ある程度わかってくれていると勝手に思い込んでしまい、そのために相手の状況や思いも考えず、「なぜ、こんなこともできないのか」と無意識に口にしていたようです。
 しかし、ある選手によって私はハッとさせられます。「それは山田さんだからできたこと。私には無理です。」と言った選手がいたのです。私は一人ひとりの選手を、まったく理解していなかったことに気づかされました。
 すぐさま28人いる投手陣に、今自分の考えていることは何か、どういう投手になりたいのかなどを思いのまま書いてくれるように頼みました。これは監督にもほかのコーチにも見せない、私が読んで頭にインプットしたらすぐ破棄することを条件に。
 彼らから受け取った用紙に目を通しながら、選手の思いがそれぞれに違い、私が気づかない、思いも及ばないところまで考えていることを知りました。私はそのとき初めて、コーチ業というのは、「選手の気持ちを知ることからスタートすべきだ」だったことに気づいたのです。
 私がオリックスの投手コーチをしていたとき、小林宏という投手がいたのですが、彼は日本シリーズでトーマス・オマリー選手に対して何球か投げた以外は、まったく実績のない選手でした。ドラフト一位だけあってスピードはあるのですが、投手はただ投げておさえればいいんだというふうに、野球をまったく理解していないように私には映っていました。
 渡された用紙を見ると、こんなことが書いてありました。「僕はチームの中で、ボールの速さや強さでは誰にも負けない。コントロールはやや自信がないものの、試合になったらそんなコントロールよりも力とスピードで抑えることがきっとできる。僕を使わない監督・コーチ陣はどうかしている」。
 小林選手が、腹の中で何を考えていたのかがよくわかりました。そしてそれを誰も理解しようとしなかったことに、まず反省の念を抱きました。このまま指導し続けていたら何の解決にもならず、本人も練習に身が入らなかったでしょう。
 彼には今何が足りないのか。私はすぐに小林選手を呼び、話をしました。
「ならば、少しでもコントロールをよくするようにしよう。ただ、どうやって、コントロールをつけていけばいいかわかるか?投げ込めばつくというものではない。我々プロは、心のコントロールと呼んでいる。平常心でずっと投げ込むことができれば、絶対ストライクは入るんだ。お前にはこの心の問題があるぞ」
 どんなすごい歴代の投手でも、ストライクが入るだろうか、アウトがとれるだろうかと不安に感じながらマウンドに立つものです。でもそこで、実力のある投手というのは必ずストライクがとれる。日頃から練習をきっちり積み、加えて精神的にも鍛えられていれば、ここぞという時にストライクを投げ込めるわけです。
 小林投手の一件は、何より本人の気持ちを指導者が理解したことで一歩前進したといういい例です。実績のある指導者は、できない選手に対して「なぜできないんだ」と安易に思ってしまい、それによって「あいつはだめだ」とすぐに判断しがちです。でも、選手というのは十人十色。彼らの個性やよさ、考え方などをきっちり理解してから、初めてコーチングが始めるということを、忘れてはなりません。

選手育成の参考になれば幸いです。CALDIO FC